ラヴレス








「―――智純」

顔を洗おうと廊下に出ると、いつも早いじいさんが庭に出ていた。

竹箒を手に、こんな暗闇で落ち葉を掃いている。



「…じいさん」

智純はちゃんちゃんこの前を合わせると、温さの欠片もない外へと下駄を履いてじいさんの横に並んだ。


「よう眠れたか」

先程よりは仄かに明るくなった空の下で、皺だらけの笑みが智純に向けられる。

それを眺め、智純はほ、と息を吐いた。

あぁ、イギリスになんか行きたくない。

ここを、離れたくない。



「…お前は昔から、ちいと悩み事があると朝早くに起きてきたもんだ」

じいさんの言葉に、智純はぎくりと肩をそびやかした。

智純のなかの葛藤も苦悩も違和感も、じいさんは感じ取ってくれていたのだろうか。




「―――智純、お前の気が済むようにおやり。陽向の為ではなく、お前のための旅だ」


見極めろ、と。


「陽向が見れなかった全てを、お前はお前の為に、見届けてこなくちゃならん」

大袈裟だ、と笑い飛ばしてみたかった。

けれどじいさんの声は大真面目で、なにより母の痛みを思えば、なにより母を裏切ってしまった「天使」を思えば、そんなこと出来るわけもない。



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