夢列車
「愛してる……」

俳優が囁いた。

単純で捻りのない台詞。

使い古されたありきたりな言葉。

だがいつの時代もこれ以上のものはなかった。

単純ではなく、明瞭。

ありきたりでなく、不変。

人類の歴史上と共にあった真理。

それが愛なのだから。

故にこそ、人は愛に飢え、愛を恐れ、愛を求める。

そう考えると、恋愛映画って、人間の欲求を満たすツールのように思えてくる。

もっとも、それがなんだという話。

心の隙間を埋めることができるのは心だけ。

だが、癒してくれる人がいなければ……?

簡単だ。

自分の腕を他人のものと思い込んみながら、自分自身を抱き締めるしかない。

そのために必要なツールだ。

愚かなどと言えるわけがなかった。

そして、必要としているのは私も同じだ。

誰かを好きになりたくて、誰かに好きになってほしい。

日常の中で埋没してしまう、その欲求が、こういったときは顔を出してしまう。

ああ、恋がしたいなぁ。

あの女優みたいに誰かを真っ直ぐ見つめて、愛する人に全てを捧げてみたい。

あの俳優のように私だけを見つめて、愛をささやいてほしい。

あの声でささやかれたら、私はもう理性を保ってはいられないだろう。

あの腕で抱き締められたら、私の胸は張り裂けるだろう。

あの繊細な指で肌を触られたら、私の脳は沸騰してしまうだろう。

《愛してる……》

声が響いた。

私はこの声を知っている。

顔が近づいてくる。

その顔も知っていた。

唇の触れる感触――。

それはひどく空虚だった。
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