僕等が保つべき体温の最大
「ものすごく昔の話で、王様の前である科学者がした実験の話なんだけど」

洋太が始めた話は、いささか唐突ではあったが、菜緒は黙って聞いていた。

「内側がくぼんだ2つの半球を、接着剤も部品も何も使わないで、ぴったりとあわせて離れないようにしたんだ」

「マグデブルグの半球?」

「すごいな。文系なのに、物理にも詳しい」

有名な話だし、ちょっとウンチクくさいとも菜緒は思っていたが、続きを待った。

「つまりその科学者は、ぴったりとあわせた半球の中から空気を抜いて、中を真空の状態にしたんだよね。空っぽに」

「うん、そういう話だよね。」

「それで、離す事が出来なくなった。何十頭という馬が引っ張っても」

菜緒はなんとなく圭一が言いたいことが分かった気がしたが、黙って話を聞いている。

「俺は、圭一もまったく同じ状態だったんじゃないかって思うんだ。」

洋太の、ひと言ひと言は、それをいうことで何かの報いにでもなるような、そんな優しさを纏っていた。

”中身を空っぽにしたから、離れられなくなった半球”

空っぽの心を抱えた圭一は、何にしがみついていたのか。




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