側にいる誰かへ

5.母と女

徹の家。

俺は玄関の前に立ち尽くしていた。

俺は何をしているんだろう。

雅樹。

徹。

俺は誰かになぐさめてもらいたかった。

行き場のない自分の気持ちを。

でもその相手が徹の母なんて。

俺は何を考えている。

徹の母を慰めるのがお前の役目だろ。

役目だろ…。

でも、俺にはもう悩みを相談する友人もいない。

家族には、ずいぶん前から見限られている。

両親とはもう会話もない。

俺は一人だ。

俺は玄関のチャイムを押そうとする。

俺は。

俺は…。

俺の手が止まる。

ここは徹の家だぞ。

なのに俺は彼の母に会うためにこの家を訪れようとしている。

徹の供養ではなく、彼女に会うために。

最低だ。

徹を口実に彼女に会うなんて。

帰ろう。

最低の人間になる前に。

俺は反転する。

「富塚君?」

帰ろうとした俺の前には、買い物袋を持つ彼女の姿。

俺はその姿を見てなぜか安心する。

「富塚君。その怪我。」

彼女は買い物袋を地面に落とし、俺に近寄る。

目の前に彼女がいる。

その顔はしわ一つなく、とても30代後半とは思えない。

美人と言うよりは幼い顔立ちで身長は俺より小さかった。

「こんな怪我たいしたことないですよ。」

俺は少し頬を赤らめ、下を向く。

「早く、部屋に入って。手当しないと。」

彼女は強引に俺の手を引っ張る。

彼女はそのナリに似合わず、強い一面をしっかり持っていた。

今までの苦しい生活がそうさせたのかもしれない。

彼女が22歳の頃、旦那は幼い徹と妻を残し、急死した。

後で聞いた話だが、その死にはヤクザが絡んでいたらしい。

家には旦那の多くの借金だけが残った。

彼女はそれから、水商売を始める。

女手一つで、借金を返し、息子を養うには金が必要だった。

彼女に手を引かれ、俺は家に入る。

気のせいか、彼女の頬も赤らんでいたような気がした。
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