それでも君と、はじめての恋を


あそこだ……。


駅ビルから少し離れると、道路を目の前にした美容院があった。コインパーキングとフード店に挟まれている。


赤信号に足止めを食らっていたあたしは、青信号に変わったことで緊張がピークに達していた。


横断歩道の白線に目を落としながら、肩に掛けている鞄の紐をギュッと握り締める。


店に入ったら挨拶して、予約してた矢吹ですって言って、モモの……桃井くんの彼女です、って言わなくていいよね? いいよね?


横断歩道を渡り切ったあと、不自然なくらい直角に足を上げて右へ方向転換。


止まるな。止まるな。このまま店のドアを開けるんだ。


頑張れあたし!!



ドアの取っ手を掴んですぐに開けると、美容院独特の匂いが鼻を掠める。


目に飛び込んできたのは、白と赤が基調の可愛い店内と複数の美容師にお客さんだった。


ちりん、ちりん、と来客の知らせ音が鳴っていたのに気付いたのは、何人かの美容師があたしを見たから。


「いらっしゃいませ。こんにちは」

「こ、こんにちは……!」


20代半ばくらいの女性が声を掛けてきて、受付に入った。


……若いし、この人はモモのお母さんじゃないよね?


「あの、11時に予約してた矢吹です」


予約表か何かを見ていたのか、若い美容師は落としていた視線を勢いよく上げる。


その反応に少し仰け反ると、美容師は見開いた目であたしを見てから僅かに開けた口をそのままに店内へと顔を向けた。


「店長っ! ちょっとお待ちくださいねっ! 店長!」


突然大声を出したかと思ったら、美容師は店の奥へ行ってしまう。


「……」


店長って……え!? お母さま!? お父さま!? どっち!?


どどどどどどうしよう! ていうか何であんな急いで呼びに行ったの!? 矢吹って言っただけなのに!?


バックバク鳴る心臓の音に唇を強く結んでいると、先程の美容師ともうひとり、女性がこちらへ歩いてきた。


「……っ」


――心臓、止まる……!
< 340 / 490 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop