足音さえ消えてゆく
「私は大丈夫だって。昨日なんて寝すぎってくらい寝ちゃったよ」

「・・・ほんとに?」

「うん。だから井上先生はあこがれなんだって。思ったんだけどさ、別に見返りを求めたわけじゃないから、これからもあこがれてればいいんだよね。それだけのこと」

 そう言った私に、菜穂は、
「そっか、よかったー」
と自分のことのように安心したような顔をしている。


 他のクラスメイトが登校してきて、そろそろチャイムが鳴る頃になっても優斗は教室にこなかった。後ろの席の子と話をしながら菜穂の方を見るが、菜穂は教科書を熱心に眺めていた。

 井上が教壇に現れても、優斗はまだ来なかった。

「先生おめでとう!」
あいかわらず冷やかしている生徒の声に、井上は昨日と同じように照れていた。

 一瞬息が苦しくなる感覚におちいったが、すぐに回復し、私は優斗の空いた席を眺めた。


 結局、その日優斗は学校に来なかった。

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