キョウアイ―狂愛―





「期待に添えるとよいがな……」



男は苦笑し、首を傾げる売り子の店を後にする。

去り際、売り子の目に、男の頭を覆うフードの下にちらっと赤い髪が過った。



「……あっ!」


売り子が小さく声を漏らした時には、男は人混みのなかに紛れてしまっていた。







男の正体こそ、トルティアの街をアルザスの悪政から正そうという、クーデターのリーダー、かつての赤髪の盗賊―ジキルだった。




かつて、この街を混乱に貶めた吸血鬼との争いで、川に落とされたのはもう二十年以上も前の話。



あの後、仲間に助けだされ、トルティアの街に戻った時には、もう、リドルの屋敷は火事で全焼した後だった。


ジキルは焼け落ちた屋敷の前で呆然と佇んだ。


その後もクレアを探しまわったが見つかる事はなかった。





リドル家に住まうヴァンパイアの真実は街に衝撃を与えた。



アルザスはリドル家との関係を固くなに否定したが、街の民の間には不信感が残った。



加えてその後より長く続く戦争、重い税に、我慢を強いられた街の民は、今やそのほとんどがアルザスの失脚を望んでいる。





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