さらわれ花嫁~愛と恋と陰謀に巻き込まれました~

漆黒の闇に、一つの影。


周囲の景色にとけこむように、しかしよりいっそう深いその影は、暗闇の中とは思えないほど俊敏な動きで、

常人ならたどり着くことさえ難しいその部屋へ、やすやすと降り立った。


スースー。


部屋の中には、天蓋つきの豪華なベッドがあり、その中で小さな呼吸音が規則正しくこだまする。


影は神経を研ぎ澄まし、周囲に人がいないことを確認すると、慎重にベッドのそばへと身を寄せた。

暗闇で不気味に光るその視線の先には、生後半年ほどと思える部屋の主がいる。


ぬっと、影から長い腕が伸びたかと思うと、柔らかい赤子の背に回された。


「あ~」


闇を引き裂くように発した赤子の声に、一瞬影の動きが止まる。

影は、扉に目をやる。

開く気配はない。

(落ち着け。侍女には薬を持っている。朝までは誰も来ないはずだ)

影は赤子に腕をまわしたまま、じっとその赤毛を見つめた。

しかし、ためらったかに見えたその両手は、次の瞬間には、赤子を軽々と持ち上げた。


「悪いな。お前に罪はないが、恨むなら、非道な親を恨めよ」


低く呟くと、男は、すやすやと眠る赤子を手早く布でくるみ、慎重に窓際へと身を寄せた。

窺うように辺りを見渡して、すばやく窓から綱をおろした。


しんしんと雪の降る、寒い夜のことだった--。






< 2 / 366 >

この作品をシェア

pagetop