[短編]彩華
「私、化粧落としちまったから、帰ってもらっておくれよ。」
「え、でも…」
「いいから。」
「…彼、だよ。」

─彼。

その言葉に、不思議な程私の心は跳ねた。

次の瞬間にはくちなはの声も聞かず、落とした化粧も直さず、私は走り出していた。

長い長い廊下を抜け、裏戸の玄関で草履を引っかける。

鼻緒が上手く引っ掛からない。

もどかしい。

半分転びかけて、だけどそのまま戸を引く。

ひやりと冷たい空気に包まれる。

目の前は雪に跳ねた白い光でいっぱいになった。

「紅珠郎さんっ……!」

呼ぶ。

眩しさに慣れた目に映ったのは、見慣れた路地が雪化粧している風景だけだった。
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