恋の坂道発進―2010年バレンタイン短編―
女の子の声にかき消されて、塩崎先生の声が聞こえない。
私は目を閉じて、集中する。
大好きな塩崎先生の声だけを聞き取ろうと。
不思議だけど、ちゃんと聞こえた。
結局受け取ってるんだよね、塩崎先生。
だって優しいもん。
ありがとう、ありがとうって言う塩崎先生の声が私の耳に届く。
「気をつけて帰れよ」
塩崎先生は大勢のファンに手を振り車に乗り込む。
バタンとドアが閉まる。
まるで、芸能人の出待ち状態。
私の横を通り過ぎていくグレーの車。
涙が出るほどじゃないけど、悲しくて情けなくて・・・・・・
下を向いて、帰る。
何もできなかった。
気持ちを伝えるなんてとんでもない。
何もできなかった。
このままでいいの?
このままあきらめていいの?
大勢の中のひとりとして、塩崎先生の記憶から消えていってしまっていいの?