もてまん

「坂井繁って名前を聞いたのは、その時が初めてだった。

それはほんとさ。

彼、繁さんはね、実は、サンテノレのキャバレであたしが歌ってた頃からのあたしのファンだったのさ。

あたしが急にキャバレで歌わなくなって、他の店を随分と探してくれたそうだよ。

もうどうにも見つからなくて諦めかけた頃、あたしのレコードが出て、やっと事情が飲み込めたって。

あたしのレコードも全部買ってくれたそうだよ。

そして、このコンサートだろ。

久しぶりにあたしの生の歌声が聴けるって、あんまり嬉しくて、どうしてもそれを伝えたくて花束を贈ったんだって。

あの頃は、パリで日本人を見かけることも珍しくてね、なんか同郷のよしみって感じで、あたし達はすぐに打ち解けた……

繁さんがあたしの恋人になったのかって?

そうだよ、いけないかい。

コンサートを終えて、ジャックと二人、もうだいぶ夜遅かったね、劇場の外へ出たのは……

あたし達が出たのは勿論、正面玄関じゃなく劇場の通用口だよ。

ところがさ、どこで教えてもらったのかね、そこで繁さんがじっと待ってたのさ。


『この日を逃したら、もう二度と会えない気がした』

って言ってたね。


何時間もあてもなく、ただひたすらあたしを待ってたって……
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