木霊の四辻
なんにしても、一目見た相手がついで逃げたくなるような顔はしていない。失礼千万である。ゆいは鼻息をひんと吹き出した。

その横で、どこでも我が物顔でくつろげる天才は、せびったクッキーを子供のようにバリボリ貪りながらちらり、右を見た。

二段ベッドの下段は、カーテンが閉めきられていた。中からは、ぶつぶつ、ぶつぶつ、何事かを呟く少女の震えた声が、断続的に聞こえてきている。

そこに、八木麻衣子がいるらしい。快活な体育会系と言われている少女が、不可解な木霊の呪いによってこのありさまなのである。燈哉の「ふうん」に、ゆいは「ふう」と溜め息を漏らしたくなった。

木霊の呪いが伝染しているということは、放っていたら今野佐紀もこのようになるのだろうか。

事件を見逃すことができない――という正義感はゆいにはない。

あるのは正義ではなく、義務感・使命感だった。

「じゃあ、今野先輩を守れば、いいんですかね」

学校長の懐刀としてやらなければならない、なさなければならない命令に従うことで意義を得る――特殊風紀委員とは、そういうものだった。

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