スキ
「“感情”の対義語……わかるか?」

なのに、私がこんなにムキになってても、大ちゃんはやっぱり勉強で。

教科書に書かれた“対義語”という太字を、シャーペンでゆっくり囲みながら聞いてきた。

「わかんない」

だから私は、さらにムキになって答えた。

「……お前ねぇ……」

「わかんないもん。バカだもん」

フンッとそっぽを向く。

「んじゃ、あれ、忘れた?」

「……何?」

「“相手が誰もいなかったら結婚してあげてもいいよ”って、お前が言った時の俺の返事」

私は、俯いた。

忘れるはずなんかない。

『そうだな。お前がもっとバカだったら学校出てすぐもらってやってもいいけど。

専門学校卒業しただけの俺が、んなもったいねぇ事するわけにいかないな。

お前ならいい大学出てさ、超エリートにもらわれてさ、安泰な未来が待ってるだろ』

「バカだから覚えてないか?」

「忘れるはずっ……」

“ない”と続けようとして、また俯いた。

「……だよな」

やっぱり。

大ちゃんはずるい。

何もかもお見通しなんだ。

全部わかってて、気づかないふりをしてる。

「あれは……こっち」

大ちゃんはさっき囲んだ太字の横に、漢字2文字で成り立つ言葉を2つ書き、片方を指差した。

私は顔を上げ、首を傾げた。

「んで、これからするのは、こっち」

「……」

大ちゃんは。

今度は、書いた2つの言葉のもう片方を指で示すと、初めて。

私の、甘い誘惑に引っ掛かる。

“キスしたくなる唇”

プルンプルンが、大ちゃんの唇に移って。

驚いて見上げると、大ちゃんは恥ずかしそうに目を背けた。

「ったく。俺の気も知らないで」

そして、1人でブツクサ文句を言っては、頭をボリボリと掻いてうなだれる。

私は、大ちゃんが書いた言葉を指で、そっとなぞってみた。

“感情⇔理性”

「ねぇ、大ちゃん」

「……んだよ」

私はもう……妹、じゃない?

「私の事……どう思ってる?」

片方の言葉を手の下に隠して、問い掛ける。

気づいた大ちゃんの顔は。

お隣りのお兄ちゃんでもなく。

先生でもなく──


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