伝えきれない君の声


レコード会社は、
倉田瑞季の父親の経営する名だった。


きっと、あの女性――波多野友里――も関わっているに違いない。

倉田瑞季に、
おそらくあれからもう1ヶ月以上は会ってない。


もう、会わない。
いや、会えないんだ、私たちは。


彼は彼の、私は私の、
ただ当たり前の平凡な日常を
送るだけの話だ。


彼はやがて、結婚して、
あのレコード会社を継ぐんだ。


私はこのコーヒーショップで働き、歌を歌う。


そう、何も変わらない。


もう、前に進まないと……









「まぁ俺もさ、あんたは乗り気じゃないだろうとは思ったけど、
やっぱもったいないよ。


なぁ、店長?」


佐藤さんがテレビ局に戻るなり、アイスコーヒーを右手に持ち、
左肘をカウンターに掛けながら
菅原さんがいう。


まるでこのノリは居酒屋で、
右手には是非ともビールが似合う。



「栗田の才能を開花させるなら、そりゃ絶好のチャンスだろうけどな。
本人がやっぱ決めることだから。栗田はどう思うんだ?」


店長が、いつもに似つかわしくない優しい声色で語りかける。


「私は……」


思わず口ごもる。


「んじゃさ、あんたが出たくない理由って逆に何なの?」


鋭い質問。
注がれる、視線。



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