妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜

「そんな…。」

一気に顔色が蒼ざめた彼女の腕を蕎麦屋が掴む。

「とにかく、早く来てくれ。」

そう言うと、雨が降るのも構わず、通りの中へ駆け出していった。

…水しぶきを挙げながら、ぬかるみの泥も跳ねる。

やがて柳並木の川沿いに差しかかったとき、その道端に横たわる影が見えた。

「早く、あそこだ。」

蕎麦屋の叫び声と共に、その傍らへとたどり着く。

「藤次さん、しっかりするんだぜ。」

「あんた!。」

互いに呼びあったその声が、しかしその影を見て止まる。

「…うん。何だ、こりゃあ?。」

「え?。」

そこにあった影は、無惨な藤次の姿ではなかった。

…丸太のような長細いもの。

それは柄の部分にドスが刺さった、一本の赤い番傘だった。

「これは一体、どういうことだ?。」

蕎麦屋がずぶ濡れのまま、その傘をまじまじと見つめたとき、

後ろを流れる川の水がバシャバシャと跳ねた。

驚いた二人が振り返れば、一人の男が土手からよじ登ってくる。

「あ〜、ひどい目にあったぜ。」

そう言いながら身を振るわせた男は、髪が乱れて着物もはだけてこそいるが、

…二人の知る藤次その人であった。
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