妖不在怪異譚〜唐傘お化け〜
「じゃあね、お姉さん。その日傘、大切にしてね。」
しばしうっとりとしていた葉子の前から、その少女は立ち去った。
石段を軽やかに登り、まるで風のように消えていく…。
見送りながら日傘を広げようとした彼女は、気づいたように声を挙げた。
「あら、これ。」
…それは葉子が落としたものではなかった。
白い柄は同じだが、もっと古めかしく、そして何処かで見たことのある日傘。
遠い記憶の中を辿り、彼女の脳裏に、ある少女時代の日がよみがえる。
「この日傘は葉子ちゃんにあげるわ。大切にしてね。」
そう言って、祖母が私にくれた白い日傘。
思えば嫁ぐときに、実家に置いてきてしまったものであったが…。
それが何故かいま、葉子の手のひらの上にある。
「ありがとう、おばあちゃん。」
彼女は全てを悟ったかのように、そっと石段の上に囁きかけた。
…あの少女はもう、そこにはいない。
見上げても、青い空と入道雲が見えるばかりだ。
ふたたび鳴き始めた蝉の声を受けながら、彼女はその日傘で顔を覆った。
(私、おばあちゃんのためにも頑張ってみせるわ。)
そう心の中で、自分に向かって誓いながら…。