僕らのままで
「涼クン…」

 彼の名前を呼んだとき、さわさわっと風が吹き抜けた。


 雲一つない、高い高い秋の空。

 それを背景に、涼クンが立てる細かな水飛沫。


「ごめん…」

 戻ってきた彼は、下を向いたまま言った。
胸までびしょ濡れになって。まるで、川で遊んだ小さな男の子みたいに。

「あれ以上は…行けなかった」
 涼クンが悔しげに続ける。
「途中で、急に水が深くなってて。波流の大事なモノ──取れなかった…」


「…な…」
 何言ってるのよ。

 私は、自分の身体が小さく震えてしまったのが判った。

「あんな物の為に…ばか…」


 心配させないでよ。


 私、本当に怖かったんだから。涼クンが戻って来られなくなったら、どうしよう、って…。


 ───でも、どうして。

 どうして、こんな気持ちになるんだろう。涼クンが居なくなることが、こんなにも…怖いなんて…。

 もしかして、私───



「波流?」
 涼クンが、私の顔を覗き込んでいる。

 それが、何だか恥ずかしくて。

「何でもないよ───」

 私は、ニッコリと嘘をついた。

 きっと、誤魔化せてはいないと思う。私の頬が、熱くて、真っ赤になってしまっているだろう事を。


「──ありがと──…」


 呟いた言葉は、

 自分が発したものじゃないように聞こえた。

 私が、本当に言いたいことって…なに?
この身体の熱さは、気持ちのざわめきは、なに?


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