本当に愛おしい君の唇
 そして午後一時前になると、治登は席を立つ。


 もちろん読みかけの本はしおりを挟み、カバンに仕舞って、だ。


 ゆっくりと歩き始める。


 治登は相変わらず、心療内科のドクターから出してもらっていた軽めの精神安定剤を飲んでいた。


 眠前には睡眠導入剤を服用し、部屋にはなるだけ静かな系統のBGMを掛け、スゥーと眠りに落ちるようにしている。


 今の時季は、クヨクヨと考え込むことが多い。


 人事の季節は会社自体が完全に入れ替わるからだ。


 治登は専務という役員職なので、何かと気を回す。


 会社組織で一番苦労するのは、実際のところ、社の中核となる人間たちだ。


 治登はそれこそ創業時以来の古参の社員だが、大阪で起業している大園などがいて、昔のように少人数で経営していた頃が懐かしい。


 あの頃はまだ若かったからエネルギーがあった。

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