花の家
『姉さんが思うほど、カラオケなんて楽しいもんじゃないよ』

 しつこく町の話をせがむ香里に、多郎は困った顔をしたものだった。

 町に行くなんて大したことじゃない、という顔が、そのときの香里には憎たらしく思えて、むくれていたのを覚えている。

 今、思うと恥ずかしいな。ごめんね、多郎ちゃん……。


「姉さん、こんなところに居たのか」

 思い出の中より数段低くなった声が香里を呼ぶ。

「あ、多郎ちゃん。どうしたの?」

 背も香里の頭二つ上に伸びた弟だった。

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