愚者
複雑な気持だ。誰一人として、事故の事には触れて来ない。まるで、その会話自体がタブーとされているかの様にクラスの全員が無関心を決め込んではいるが、実際には好奇の視線が葵に降り注ぎ、心に不可視な圧力を与えて来る。無言の恐怖とでも例えれば良いのか。居た堪れ無い視線の中、教室に掛けられた時計は刻々と時間を刻み続ける。イジメを受けている側からすれば、日常の一環とされている学校への登校自体が、まさに戦場に赴く気持に成る。イジメている側からすれば遊び半分だとか色々な見解を出すが、結局の所は何も分かって無いと云うか、相手側が受けるで有ろう精神的・肉体的苦痛の部分は見えて無いと云うのが前提に有る為に、そこから来る人間関係の温度差が認識レヴェルを歪曲させているとも云える。葵自身上手く表現出来無い複雑な感情を如何したら良いのか分からない。現在自分が置かれている環境が、正常な判断を鈍らせる要因に成っている為に、本人がこの無間地獄とさえ云える思考から抜け出す事は無いと断言出来る。
 遠のきそうな意識の中、スピーカーからチャイムの音が流れ、担任が教室へと現れると、葵に突き刺さる視線が薄らいだ気がした。授業の時だけはクラスの視線も一応は薄れる。だが葵の担任自体にも油断が出来無い。
―頑張らないと
 葵は自分に云い聞かせる様に何度も繰り返し唱え、担任がホームルームを進めるのを聞き流す。担任も葵には一切視線を向ける事無く朝の挨拶を終わらせると、葵の事故自体無かったかの様な勢いで教室を出て行き、完全に孤立した状態へと成っている。クラスの中に居る異端者。個々にはイジメている意識が無くとも、全体的な空気と事勿れ主義が作用し、誰一人として葵には接触する事は無い。下手な事をして、小夜子や葵の様なポジションには収まりたく無いと云う本能が働いている。詰まる所、一部の人間が面白半分で始めたイジメも、悪性ウィルスと同じ様に、周りに及ぼす影響は計り知れ無い物に成り、始めた側も引っ込みが付かないと云う所だ。特に、葵に対してのイジメは只のイジメでは無く、意図的に始められた物に成り、通常から来ると云うと語弊があるが、それ以上に常軌を逸したイジメの為に、本人に原因が分かる訳が無い。
< 224 / 374 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop