魔念村殺人事件
 都会の高層ビルの屋上で「私」は夏特有の生温い風に包まれ、たくさんの人や車が行き交っているであろう道路を見下ろしていた。

 まるで生死の境にいるような、あるいは神になった気分なのだろうか、しばらくそこで立ち尽くしている。

「私」とは一体何者なのだろう。男か女かと訊かれれば、間違いなく答えられるが、人間なのか魔物なのかと訊かれれば、おそらく答えられないだろう。

 もはや私は魔物になろうとしているのだから。ケムンドウという名の魔物に。


『鴉(からす)の嘴(くちばし)我が胸に、見上げた空は涙降る。
 大きな木の下ごらんよ。誰が座っているのだろう。
 
 山から訪れて来るだろう。色とりどりの魔物達。
 ご馳走抱えているよ。誰が食べると云うのだろう。
 
 岩場に隠れた兄様が、波に浸かって目を閉じた。
 漁から戻ってくるよ。誰が泳いでいるのだろう』


 魔念村に古くから伝わるワラベ唄を歌い終わると「私」はきつく目を閉じた。
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