とりかえっこしようよ
「もしかしたら、具合が悪いんじゃないですか?」


 思い切って声をかけてみた。



「バスに酔っただけですから、大丈夫です」


「いや、どうみても大丈夫じゃないですよ。次の停留所で降りましょう」



 俺は強引に彼女の手を引いて、バスから降ろした。


 バス停のベンチに彼女を座らせて、近くの自販機から水を買ってきた。


 青ざめた顔の彼女は、カバンの中から薬を出して、口に入れていた。


「すみません、ありがとうございました。お薬も飲んだし、もう大丈夫です」


「もう少し休んだほうがいいと思います。俺も付き合いますから」


 彼女の顔に赤みが戻った気がした。


「ホントに助かりました。今度、お礼がしたいので、連絡先を教えていただけませんか?」


「お礼なんていいですよ」


 そういう俺の言葉を無視して、彼女は自分のPHSを出し、俺のPHSに自分の連絡先を入れた。


 こうして、視線の主、七海(ななみ)と付き合い始めた。


 七海は俺の1つ上だった。


 バスで見かけた俺のことが、ずっと気になっていたと言っていた。


 俺が初めて七海の視線に気づいたあの日、恥ずかしくなって本を読んでいるふりをしてごまかそうとしたらしい。


 もともと乗り物に弱いのに、本なんて出すから酔ってしまったと。


「でも、樹が思ったとおり、優しい男子で良かったよ」


 そんな風に笑っていた。
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