世界で一番大切な
本編

世界に二人だけ







「サギリ、サギリ」


「はい、マスター」






マスターは基本的に私以外の人間と接触しない。普通の一般的な家よりも大きなこの家と私がマスターの世界の全てだ。閉鎖的なこの空間で、マスターと私は生きている。


「どうしたんですか?マスター」

「サギリ、」


黙って両腕を差し伸べる仕草は私がマスターの元にきてから変わらない。まるで私の名前しか知らないような、私しか知らないようなマスターの様子に、何処か甘やかな痺れが背中を走るのを感じた。

いつまでたっても差し伸べられた手を取ろうとしない私に焦れたのか、マスターは幼い子供のように唇を尖らせて黒いセーターの裾を握り私を見上げてくる。デスク前の椅子に座っているマスターと立っている私ではそれも必然的なものだろう。
< 6 / 13 >

この作品をシェア

pagetop