優しい刻
命を救って頂いたお礼に、佐々木さんは
『話し相手になってほしい』と言った。
もちろん私は構わなかったし、むしろそんなことでいいのかと驚きもした。


けれど仕事を退職し老後を静かに過ごす佐々木さんにとって、楽しみができるのはとても嬉しいのだと言う。

そうしてあの日、私達はお互いの連絡先を教えあって約束をしたのだった。





――カランカラン…………


佐々木さんの案内で連れられた場所は、レトロで落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
開くとギィ……と音がする木の扉から中に入ると、耳障りの良いジャズが流れ、香ばしい珈琲の匂いが鼻をくすぐった。


「素敵なお店ですね」

「現職の時は相手先を連れてよく来た店でね。ここの珈琲は絶品だよ」


店内を見回すと、六人まで座れるカウンター、二人掛け・四人掛けテーブルがあわせて四つの小振りなお店のようだった。ちらほら見える客の様子が佐々木さんの様な珈琲にこだわりを持っている風なので、もしかしたら知る人ぞ知る穴場なのかもしれない。


佐々木さんの特等席だという、奥まった二人掛けのテーブルに促され腰をかけた。
佐々木さんに注文を任せると伝えると、佐々木さんは嬉しそうにしてウェイトレスを呼んだ。
清楚な雰囲気の制服に身を包んだウェイトレスの女性がすぐにやってきて注文をとる。
静かで温かい、落ち着いた雰囲気のこの喫茶店は、これから私のお気に入りになりそうだ。



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