前略、肉食お嬢様―ヒロインな俺はお嬢様のカノジョ―

「仕切りなおしだな。もう一度キスしてやる」


腰を引き寄せてくる先輩に、「ちょっ、此処では」俺は大慌てで恥らってみせる。


だってご近所だぞ。俺の家のご近所だぞ。

ちゅーなんてして、もしも誰かに見られたら俺はご近所と合わす顔がないっ!


だけどそこは鈴理先輩、強引にキスしてきて下さった。

顔がマジやばくなったのは言うまででもない。


嗚呼、真っ赤以上の表現って何があるんだろうな。

ディープキスじゃないだけマシだけど、それにしてもああっ、恥ずかしい。


しかも愉快そうに人の顔をジロジロ見てくるもんだから、もっと顔が赤くなる。


「ふふっ、そそる顔だな」

「……もっと別の言い方にしてくれません?」


「では鳴かせたくなるエロいか「やっぱいいっす!」


俺の絶叫と同時に、後ろからつんざくようなクラクションが聞こえた。

え、何がっ。


驚く俺の体が壁側に引き倒されたのは直後のこと。 

目を白黒させる俺を余所に、「まったく!」壁に押し付けながら俺の体を庇う先輩は盛大に舌打ちを慣らした。
 

先輩曰く、俺の後ろからやって来た車が猛スピードで駆け抜けていったとか。

向こうは脇見運転をしていたらしく、ガンガン音楽を鳴らしながら携帯をチラチラ見ていたらしい。

俺等の存在にすぐ気付けず、クラクションを鳴らして退くよう命令してきたらしい。


「マナーがなっていない」


フンッと鼻を鳴らす先輩は、大丈夫かと俺の顔を覗き込んできた。動揺しながらも、俺は曖昧に笑う。

「と、突然のことだったんで、ちょっとびっくりしてしまって。でも大丈夫っす。ありがとうございます、先輩。助かりました」

「いやいいんだ。ほんっとああいう輩を見ると腹が立つな。運転手は見るからにチャラ男だったし。ああいう男は掘られてしまえばいいんだ」

掘られるの意味がイマイチ分かっていない俺は、取り敢えず憤慨している先輩を宥める役目に回る。

運転手の田中さんも一部始終を見ていたのか、血相を変えて俺達の下にやって来た。

大丈夫だったか、轢かれなかったか、問い掛けに先輩はフンとは鳴らして地団太を踏んだ。


「あいつを叩きのめしたいっ! マナーを守らん奴はあたしが天誅を下す!」


そう怒りを露にする先輩に、田中さんはホッと胸を撫で下ろす。

無事だって分かったんだろう。

俺と同じように苦笑を漏らしていた。

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