蝕む月と甘い蜜


家を出てそろそろ9年。

乃愛はみるとはなしに
部屋の隅に置かれた
ボストンバッグを見た。

9年、一人で暮らしてきて
変わらず持ち続けてきた荷物は
あの鞄の中に詰まっている。

始めのうちは家具もあったが、
身軽さを追求していくうちに
あれだけになった。

といってもあの中には
カメラに関するものしか
入ってないのだが。

今まで撮ったフィルムに
初めて掲載された雑誌、
最近は仕事上で使用することが
増えたパソコンのデータが
入ったディスク。

9年の軌跡が詰まっている。


『辛くなったり、
寂しくなったりしたら
いつでも戻っておいで』


懐かしい人の面影は今では
記憶の中で、ぼやけていた。


もう思い出して辛くなる事も
なくなった。

声を聞く事ができないのを
寂しいと感じなくなった。



私は元気にやってるわ。

――――――兄さん。





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