桜の記憶
「琴子さん」
もう溢れそうな私の胸に、
また一つ花弁が落ちる。
「はい」
「あなたに会えて良かった」
「……っ、は、はい」
「あなたと桜が見れて良かった」
「わ、私も、……です」
「ありがとう」
その言葉と共に、
彼の手はまたフェンスの内側に戻って行った。
けれどもその感触は、私の手から消えない。
「……さようなら」
秀二さんはそのまま後ろを向いて歩き始めた。
叱咤したくなるほど遅い足取りで。
でも今は、その遅さに感謝していた。
そうでなければ、
私が言葉を出せるようになる頃には、
きっといなくなってしまっただろうから。