桜の記憶

「琴子さん」


もう溢れそうな私の胸に、
また一つ花弁が落ちる。


「はい」

「あなたに会えて良かった」

「……っ、は、はい」

「あなたと桜が見れて良かった」

「わ、私も、……です」

「ありがとう」


その言葉と共に、
彼の手はまたフェンスの内側に戻って行った。

けれどもその感触は、私の手から消えない。


「……さようなら」


秀二さんはそのまま後ろを向いて歩き始めた。

叱咤したくなるほど遅い足取りで。

でも今は、その遅さに感謝していた。

そうでなければ、
私が言葉を出せるようになる頃には、
きっといなくなってしまっただろうから。


< 21 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop