童話少年-NOT YET KNOWN-


帰宅したとき、母の子供のような笑顔があると、弥桃は言い様もなく安心する。
それは昔からだった。

「あら、遅かったのね。ご飯食べてきたの?」
「んーん、あんまり。お腹空いたー」

舘端桃恵は、現在29歳である。
対して弥桃は、14歳。
有り得ない話ではないが別に桃恵が14年前に弥桃を産んだわけではなく、そもそも2人が出会ったのは今から10年前、弥桃が4歳、桃恵が19歳のときだ。
その日のことを、弥桃は桃恵の話でしか覚えていない。







『みーくんをよろしくおねがいします。』

14年前、生まれて間もない男児がとある孤児院の前に置き去りにされたとき、そんなメモの一言だけが、その子の母親からのメッセージだった。
霧雨にさえ消えそうな細い文字。
彼女が何を思って息子の本名を明かさなかったのか、それほどまでに何に追い詰められていたのか、今も昔も、知る由はない。

そうして少年はその後4年間、一度も『みーくん』という名前以外で呼ばれることはなかった。

『みーくんっていうの? みーくんはなんて名前?』
『え……わかんないの?』

彼に残っている当時の記憶は、そんな言葉だけである。
名前を答えるたびに、戸惑う相手を見て、確かな違和感をその小さな体に募らせていた。



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