童話少年-NOT YET KNOWN-



「紗散っ!!」

視界に入ったのは、地面と、長くて黒い、髪。
それを認識してはじめて紗散は、自分がブロック塀に叩きつけられたことを知る。
かは、と、吐き出した空気の塊に黒髪が揺れて、考えたのは、あー髪ゴム切れちった、なんて暢気なことだった。

「紗散! だいじょぶ」
「っあー…………いてぇ」

背中がひりひりする、と、眉を顰める。
格闘技をやっているだけあって痛みには強い方なようだが、受け身を取る暇も与えられなかった。

「鬼は?」
「逃げたよ。……やっぱり、俊敏さはそのままみた」
「雉世! なにボサッとしてんだよ、行くぞ!」

紗散にとっては災難だが、鬼の先攻は彼らにとって、悪い意味で良い影響になっていた。
突然の鬼の出現に、完全に呑まれていた意識を、むしろ戦意へ向かわせたのだ。

早くも走り出している涓斗、立ち上がった紗散と、彼女を振り返りながらも体は鬼の逃げた方向へ向く弥桃。
そんな背中を見て、雉世が引き留めることは、もうなかった。


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