淡い記憶
普段は、プールにも来たことのない副顧問であったが、
一応、秦野がいない場合は、安本に聞くしかなかった。
安本は太った体を動かしにくいように振り向き、
三人を見て言った。

「水泳部だね?」
「青木君が入院したって聞いたんですけど……」
 太田は、これ以上急げないようなタイミングで、
安本のおっとりした動きに苛立つように捲し立てた。

「そうだね、それがよくわからないんだ」
「盲腸じゃないんですか?」
「加納先生と秦野先生は、病院に行ったんだが、事情がわからない。
家族もとりこんでいるから、とにかく、入院だ」
「どこの病院ですか?」  

太田の焦り方に、そんなに大騒ぎしなくてもいいのにと陽一郎は思った。
太田は、男まさりで、気が強いところがあった。
今は、男2人は黙っているのに、彼女だけが、
安本にくってかかりそうな勢いでしゃべっている。

「医大だそうだ。どうせ面会謝絶だから、行っても駄目だよ」
「面会謝絶なんですか!」
 太田は、一歩前に出て本当に安本に掴みかかるんじゃないかと思うくらいに殺気だっている。

「心配なのは分かるけど、君たちには、どうすることも出来ないから……
練習はするようにと、秦野先生がおっしゃっていた」
「練習はするんですか」  
田中は、そう言ったが、太田は青木のことが心配でしかたがない様子で、
練習のことよりも青木のことが聞きたいらしかった。

「先生!」訴えるような太田の瞳と勢いに、
安本も二人も圧倒されてしまっていた。
「先生、秦野先生が帰られたら、
どんな様子か電話をくれるように伝えてくれませんか、この三人に……。

私は、女子部のキャプテンで太田です。
こっちは男子の副キャプテンの田中君で、
こっちは青木君の親友の小原君です」  

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