あなたへ。
約一時間半にわたる、フェニックスのライブが終了しようとしていた。
彼らが結成してから初のワンマンライブと言う事もあり、メンバーも観客もいつも以上に盛り上がっていた。
あたしはホールの真ん中あたりで演奏を聴いていた。ライブ中に明があたしに気づいてくれたらしく、何回もあたしと目が合い、微笑んでくれた。
そう言えば、今日のバイト上がりに携帯を見ると、明から「今日のライブが終わったらすぐ楽屋に来て。」とメールが来ていた。
楽屋はステージ袖にある小さな部屋らしいが、まだまだ周りには興奮冷めやらないファンで溢れていて、誰も帰る気配がない。
この状況の中、あたしが一人で楽屋なぞ行こうものなら、さぞかし目立って仕方ないのでは−…と考えてまごついてると、ぐいっと腕を捕まれた。
アユミだった。

「悪いね、ちょっと来て」

アユミの真っ黒なアイメイクに縁取られた切れ長の目があたしを捕らえ、かすれたハスキーボイスでそう言った。

「な、なんなんですか?」

あたしが抗議の声を出しても、アユミは「いいから来て」と短く答えるだけだった。
そうしてあたしは【ブルーキャッツ】の建物の脇にある路地裏に連れていかれた。
そこには、リナと−優雅に煙草を吸う様は、まるで外国の女優の様であった−雛妃がいた。

「連れてきたよ」

アユミが二人に声をかける。あたしは、二人のすぐ目の前に立ち尽くすハメになってしまった。
雛妃は吸っていた煙草を、これまた優雅な動作で携帯灰皿にしまうと、頭のてっぺんから爪先まで舐める様にあたしを見た。
吸殻のポイ捨てはしないところからも、彼女の育ちの良さが伺える気がした。

「へーぇ、この子が…」

リナも無遠慮にあたしをジロジロ見る。
間近で見ると、リナの黄色く染めた髪は、根元から黒髪が生えていて、だらしない印象を受けた。
化粧もしっかり施しているが、肌荒れしているのが頬にニキビが目立つ。
ショッキングピンクのタンクトップを1枚で着て、ボトムはデニムのミニスカート、シンプルなデザインのミュールを履いている。
体型が太めな為、その全てを無理して身に付けているんだろうな、と思った。
お腹の肉が、ぽっこりとタンクトップ越しにしっかりと存在を主張していた。

一方の雛妃は、髪をアップでまとめて耳には大ぶりなゴールドのピアス、膝丈の黒いノースリーブワンピースを着ていて、これまた踵が恐ろしく高いゴールドのサンダルを履きこなしている。
シンプルな装いだが、彼女が着ると大人のゴージャスな女性、と言った印象を受ける。

そしてアユミは、前回のライブで会った時は長めの金髪だったが、髪色を変えたらしく黒に前髪の一部分に赤のハイライトが入ったツートンカラーになっていた。
長さも少し短くなっている。
服装は丈の短い派手なプリント柄のTシャツにところどころ擦りきれたダメージジーンズ。
シルバーの臍ピアスがTシャツの裾からチラチラと見え隠れしている。
それを除けば、なんだか千晶みたいな服装だなと少し思った。
アユミも踵のやや高めなサンダルを履いていた。

「……あなた、明と付き合ってるの?」

雛妃が背を屈む様にして、あたしの顔を覗き込み、言った。
あたしを怖がらせない様にと思ってか微かに口元が笑っていたが、視線は冷たい。間近でこんなに美しい女性のこんなに冷淡な表情を見るのは初めてだ。あたしは背筋がゾクリとした。

「……いえ、付き合っていません」

ゴクリと唾を飲みながら、やっとの思いで、そう答える。
雛妃が姿勢を正し、アユミとリナに向き直る。
彼女はきっと、157センチのあたしよりやや高い162センチぐらいの身長だろう。しかしそのヒールのせいで10センチ以上背が高くなっているので、この上ない威圧感をあたしに与えていた。

「ふーん…。でもあんた、しょっちゅう明にまとわりついてるよね?」

「そーゆーの、迷惑だからやめて欲しいんだけど」

アユミに続いてリナが口を開く。

「そんな、まとわりついてるって…。迷惑だって、明がそう言ってたんですか?」

「明はずっと、この雛妃と付き合ってたの!!」


あたしが言い終わるより早く、リナが声を荒げた。
その言葉に、あたしは諦めにも似た衝撃を受けた。

そうだったんだ。やっぱり、明と雛妃は……。
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