あなたへ。
明が、助けに来てくれた。
中学校を卒業するまで、あんなにいじめられても、誰にも見向きもされなかったあたしなのに。
この時ばかりは、明が本当にあたしの王子様なんじゃないかって、普段なら絶対考えないであろう事を思ったりもした。
それと同時に、やっとこの場を切り抜けられると安堵した。

「…こんな事もあろうかと思って来てみれば…。お前らいい加減にしろよ。この子は俺の彼女だぞ」

明はそう言って、リナからあたしを引き剥がし、しっかりと肩を抱いてくれた。

えっ?
今、なんて言ったの?
この子は、俺の彼女−…。
この子って、もしかして、いやもしかしなくても、あたしの事??
えっ?あたし達ってそうだったの?
あたしが、明の彼女−…?

あたしも二人と同じような顔をしていたに違いないが、それを聞いたアユミとリナは、驚きで口をあんぐりと開け、まるで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。
それでも雛妃は、眉一つ動かさず、冷ややかにあたしと明を見ていた。
果たしてこの女には、人間らしい感情ってものがあるんだろうか?

「え?え?な、何言ってるの明」

この状況は、リナの頭の中の複雑回路で処理出来る容量を軽くオーバーしてしまったらしい。
目が泳ぎ、話し方もしどろもどろで完全に混乱してしまっている。

「この前の喧嘩なら、雛妃はもう許してるよ?やっぱり明には雛妃じゃないと…」

明に突き飛ばされた形になったアユミは、ゆっくりと老婆の様な動作で立ち上がり、打撲でもしたのか腰を擦りながら口を開く。
その表情は、明によって勢いを削がれて先程までの威勢の良さやサディスティックさが消え失せ、すっかり気弱なものになってしまっていた。
彼女もまた、自分より弱い者にしか強く出れないタイプだろう。そんな所まで、あのクラスメイトだった女にそっくりだ。
自分より強い者には弱く、弱い者には限りなく強い。

「うるせえ!!今俺はこの子が好きなんだよ!!」

明が声を荒げ、あたしを抱きすくめた。
いつものファミレスや公園で、隣や向かい合わせに座って話す以上に、明を感じられた。

明の体温。
明のぬくもり。
明の微かに香る香水。
明の息遣い。
明の心臓の鼓動。

あたしの髪が、明の手に触れている。

その全てを一度に、−しかも予告なしで急にいきなり−感じられて、嬉しいやら驚いているやらで、どうしていいかわからなかった。
あたしの脳内の複雑回路もオーバーヒートしてしまったらしい。ただ目を見開き、立ち尽くしてこの場を見守る事しか出来なくなってしまった。

「それと…雛妃」

しっかりと腕にあたしを抱いたまま、明は続けた。
明に名前を呼ばれ、ほんの少しだけ雛妃の唇の端が動いた。
血の様に真っ赤な口紅で彩られた、形の良いぷっくりとした肉感的な唇だった。

「…確かに今まで、俺やフェニックスを支えてくれて感謝してる。
でも、俺は俺であって、それ以上でもそれ以下でもねぇ。お前の期待には応えられねぇ。
お前の望む様な、お偉いギタリスト様には、決してなれないと思うし、なるつもりもねぇ。
それから…この子の言う通りだ、ファンを管理する様な真似ももうやめてくれ。
あのサイトにこの子の悪口を書いたのも、お前らだろ?
俺達のマネージャー的存在になってくれたのは、助かってるけど、今のやり方は度が過ぎてる。皆が安心して俺達の音楽を楽しめなくなってる。迷惑だ」

「そんな明。あたし達…」

アユミが抗議の声をあげるも、明は顎をしゃくって「帰れよ。これ以上軽蔑させないでくれるか?」と冷たくげに言い放つだけだった。
明がこれだけ言い募っても、雛妃はやはり表情を一つ変えなかった。
その代わりにフンと鼻を鳴らし「…言いたい事はそれだけ?」と言った。

「ああ、俺とお前はもう終わったんだ」

あたしを一層強く抱き締めるながら、明は一言一言ゆっくりと力強く言った。
まるで自分に言い聞かせるかの様に。

「そう…。わかったわ。でも、私は待ってるわよ。
あんたとその子がお別れする日をね。あんたは、私じゃないとダメなんだから」

そう言って、くるりと踵を返すと雛妃はコツコツと夜の路地に消えていった。
アユミとリナも、慌てて後を追う。
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