優しく撫でる嘘。
私は無事に退院したのですが心の奥底は重症なのです。

入院中に彼のお母様が来てくれました。お母様は私の手を強く握って掠れた声で呟いたのです。

私は今まで生きた歴史の中でこんな辛くて悲しい『ごめんね』は初めてでした。

私が入院中に彼は灰になってしまったらしいのです。
それは面影すら感じられないほどに原型がなく、柔らかくて無機質とでも言うのでしょうか、体温すら感じられないらしいのです。

私は、灰になった彼を見ることに億劫になってしまうのです。

私より、力強い体格と背丈が、今や私が全てを超してしまっているのですから。
今の彼に会う勇気が無くて彼の実家に行くのを先送りすることにしたのです。

病院の外に出ると日差しはまだ強くて夏の匂いがしました。

私は彼と沢山の思い出と時間を過ごした家に帰るために街を歩きます。

私は人ごみの中で普段は感じることない感情が生まれたのです。

それは、恐らく嫉妬というものでしょう。
手と手を握りしめて幸せそうに歩く恋人たちを見るとなぜか苛立つのです。

私の隣は何もなくてただの空間でしかない、そんな隣を見てしまうと不自由に感じてしまうのです。

やはり、彼は私の一部だったのです。




そして、私は家のドアを開けたのでした。




< 5 / 10 >

この作品をシェア

pagetop