王様と料理人

王様と料理人のある日

「トーコちゃーん。夕食はアレがいいなぁ。」

暖かい陽射しの昼下がり、ニコニコしながら突然言い放つ私の主。

「・・アレでは分かりません、ラウル様。」

生憎と超能力的なモノは持ってませんよ、私。

呆れつつも丁寧に返せば、途端に主の眉根がぐっと寄った。

「トーコちゃん。様付けなんてしないでよ、堅苦しいじゃん。」

じゃん…ってアンタ。

「王様に対してそんな事出来ませんよ。不敬罪に問われて処刑されたらどうしてくれるんですか。」

こんな異世界で処刑されてのたれ死ぬわけにはいかないんだぞコラ。

心の中で文句を言いつつ、ラウル王を見遣る。

途端にすっと細められる碧の瞳。

「トーコちゃんを処刑させたりなんかしないよ。そんなバカが居たら、俺がそいつを処刑する。」

だから名を呼べと言外に滲ませながら、ラウル王が近づく。

「ラウル様にそこまでしていただかなくても。…大体…」

「「私はただの料理人なんですから。」」

私の声に重なるラウル王の声。

間近に迫った王の顔を思わず見上げれば、ため息をつく様子が目に入る。

「どうせ心の中では『そして私はもうすぐ帰るんだから』とか呟いてるんデショ？」

えぇ、その通り。

この世界に紛れ込んで早２週間。

たまたま王宮に現れてしまった私は、あれやこれやの結果、王に料理の腕を見込まれて、王専属の料理人となり日々を過ごしている。

待遇はかなりのものだし、ほとんどの人間は好意的に接してくれるし、ここが右も左も分からない異世界だと忘れるぐらい快適だ。

しかし本音を言えば、やはり私は私の世界に帰りたい。

料理上手なラブラブ両親が経営するこじんまりしたリストランテと、パティシエを目指して留学中の兄、高校のお気楽で愉快な仲間達、さらには入学が決まっていた調理学校・・・どれもこれも手放す訳にはいかない私の大事な世界なんだ。

帰ることについて考えだすと止まらなくなるので、強引に思考を打ち切り視線を元に戻す。