姫さんの奴隷様っ!
 
 
 
鳥が囀りを始める、少し薄暗い時刻のことだった。王都と小村を繋ぐ門へ向かう影は、足早に歩を進める。
影は三つ。中央を行く影を、左右二つの影が少し遅れて追い掛ける。
 
 
「"テルミット"!お待ち下さい、"テルミット"!」
 
 
「何だ、キサ。煩いぞ。喚いている暇があるなら、足を動かさぬか、馬鹿者が!」
 
 
"テルミット"と呼ばれた人物は、ちらりと覗く灰色の瞳で左の影――キサを一瞥すると、欝陶しいとでも言いたそうに吐き捨てる。
白い布で髪と口元を隠した"テルミット"の表情は分からないが、放たれた声は、威圧感を伴う重々しい低音だった。
 
 
だが、この青年には何の効果もなかったらしい。琥珀色の力強い瞳で、精一杯の反論を試みる。
 
 
「……し、しかし!このような早朝より、"テルミット"程のお方がなにゆえ……、なにゆえ――」
 
 
 
震えるまだあどけなさの残る声と、揺れる茶色の短い髪。それを黙殺し、先を目指す"テルミット"を見兼ねた右の影――否、セミロングの黒髪を一つにまとめた青年が、キサに加勢する。
 
 
「その者の言う通りにございます。――テルミットの御身にもしものことあらば、我々は奥様に顔向けできませぬ!」
 
 
「お戻りを、"テルミット"!『奴ら』の刺客が息を潜めている可能性もあるのです!」
 
 
 
口々に"テルミット"を制止しようと進言する二人の青年は、"テルミット"の護衛であるようだ。各々の腰には剣を携帯し、常に辺りの気配を探っている。
 
 
『"テルミット"程のお方』等の発言から推測すると、"テルミット"はそれなりに高貴な人物。それ故、護衛が付いているのだろう。
どうやら彼は、『奴ら』なる人物の標的であるらしい。しかし、主人を気遣った筈の進言が聞き入れられることはなかった。
 
 
 
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