正しい恋愛処方箋

「奏多、此処を真っ直ぐ行って突き当たりの部屋だから一人で行けるか?」

「え…あの…」

「ちょっと忘れ物をしたんだ。一人が嫌ならちょっと待っててくれる?」


拓海さんが指を差したドアを見てもさすがに一人で入る勇気なんか私には持ち合わせていなくて。
その場に佇んで、待ってる、と言えば頭を撫でられ笑顔を向けられた。


「すぐに戻るから。」

「うん、わかった。」


早足で来た道を戻る拓海さんを見てから、周りを見渡せばやっぱり大きなお家で。
縁側からは綺麗に揃えられた庭が見えて、池まである。鯉とかいたりするのかな…なんて考えながら、縁側の端にちょこんと腰を降ろしてみた。


夏にはまだ早く、春は越している。初夏、と言うのが正しいかはわからないけれど、頬を撫でる夜風はとても気持ちが良い。

鈴虫らしき鳴き声が聞こえる中で、聞き慣れた声が微かに聞こえて私は声が聞こえた方へと目を向けた。


「………英部長?」


いつも私をからかう嫌味な人、だけど優しくて私と拓海さんを応援してくれる良い人。
電話でもしているんだろうか、微かにしか聞こえないけどなんだか今まで聞いた部長のどの声とも違う音色のような気がする。

お仕事かな?
もしそうなら、なんだか悪い事をした気がする。私が由里さんの事で取り乱したからもしかしたら部長はお仕事を中断したのかもしれない。

他意はなかった。
ただ、純粋に、もう大丈夫だから帰ってください。そう言おうとしただけだった。

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