視覚矯正眼鏡
鈴木は眼鏡の縁を握り、クイッと上へと上げる仕草をした。

これは、鈴木が重大なことを喋り始める時のいつもの癖だ。

俺は鈴木から聞かされるであろう重大な話を予測しつつ、彼の眼鏡のレンズの奥をレンズ越しに眺めた。

レンズとレンズが光を反射し合い、俺と鈴木の視線は、幾多もの光に影響され、分散し、そして拡散していった。


「これが視覚矯正眼鏡だ……自分の見ている視覚情報を他情報に変換できる特別仕様だ」

「見た目は……俺の今使っている眼鏡と寸分違わないが……」

「当然さ。寸分違わないことに意味があるんだ。誰が視覚矯正眼鏡を使っているかわからない。そこがミソ」

鈴木は眼鏡の一度外し、左ポケットからパンダの刺繍が入っているレンズ拭きを取り出した。


「しかし、レンズに特殊加工をした所で、視覚情報を処理するのは、脳だぜ。一体どうなっているんだ?」

「それは企業秘密だよ。人間が脳だけに支配されているという幻想は、早く忘れた方がいい。」


鈴木は、あるのかないのかわからないほど小さな瞳で俺を眺めた。

「そういう常識が、いつも枠組みを頑丈にしちまうんだ」


眼鏡を外した後、瞳が小さく見えてしまう人物は、いつも眼鏡を拭く瞬間を他人に見られることを嫌う。

しかし鈴木は、俺に対してはそんな配慮もしない。それが俺たちの間柄を証明しているように思えた。


「じゃあ鈴木、貰って帰るな、これ」

「さっさと持ってけ。いつもどおり、勝手に銀行から引き落としておくさ」


鈴木はそれだけ告げると、次の眼鏡を作るから帰れと、手をヒラヒラさせ、奥へと姿を消した。

俺は受け取った視覚矯正眼鏡を右ポケットに放り込み、家路に着いた。

二十数年のこの視野を心の中に残すように、

ゆっくりと、ゆっくりと、家路に着いた。
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