好きだと言えなくて。


「ただいまー」




こじんまりした住宅街の、少し奥まったところにある我が家の扉を開けた途端、ほんのりとカレーの香りが鼻腔をくすぐる。



お邪魔します、と言いながらもあたしを無視して図々しく上がり込んだ叶の背中に念力を送ってみるも、どうやら効かなかったようだ。



「あら、かなちゃんいらっしゃい。
彩姫もおかえり」



…"も"ってなによ"も"って。


こういうの見てると、不満ばっかいっぱい出てくるから困ったものだ。



「良かったんですか?俺、」


「いいのよ~!
かなちゃんは珠美の子だもん。
それにあたし、かなちゃんの成長見るの密かに楽しみにしてるんだから~」



…そうなのだ。



うちの母親は、眉目秀麗な叶にいたくご執心なようで…(そりゃ叶のがあたしより可愛いけどさ)。


叶もまんざらでもないらしい、きゃぴきゃぴ(男にこの言葉を使うのって実際どうなんだろう…てかこの言葉自体死語のような気がする)愛想振りまいてたりする。



「あ、今日もお弁当おいしかったです」





叶の笑顔は、綺麗だったのに、




崩した敬語に、絶えない笑みに。



あたしは何かを、途方もない何かを、見た気がした。




(すなおになれなくて。)
(しあわせへのひとことは)


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