ぼくたちは一生懸命な恋をしている
「失礼しまーす」

三回ノックをして扉を開けると、注射するときの匂いがした。消毒用のアルコールの匂いって、みんなのトラウマだよね。

初めて入った保健室に先生は見当たらなくて、女の子が一人、窓ふきをしていた。雑巾を片手に、キョトンとした顔でこちらを振り返ってる。うわ、フチなし眼鏡におさげって、いつの時代の女学生?スカートも膝が隠れる丈だし、こんな古風な子は初めて見たよ。なんで昼休みに掃除なんてしてるんだろ。

おさげちゃんと無言で見つめ合う。なんだろう、この時間。

「キミは保健委員さん、かな?」

「はっ!そ、そうです!」

やっと動き出したおさげちゃんは、息することを忘れてたみたい。そんなに驚いちゃうくらい、俺に見とれてたのかな?

「ケガしちゃったんだけど……」

手の平を見せようとしたら、傷にたまっていた血が、つうっと流れて手首を伝っていった。うえ~、気持ち悪い。

「ひゃあ!は、はははやくてあてを!しょ、しょうどく!」

雑巾を放り出して駆け寄ってきたかと思えば「手を洗わなきゃ!」と洗面台へ向かい、蛇口をひねったら「あ!座ってください、そこのイスに!」と俺を見て、よそ見したせいで石鹸を床に取り落として絶望して、なんて忙しい子なの、おさげちゃん。

「落ち着いて。慌てなくて大丈夫だから」

俺は苦笑いをこらえながら、部屋の真ん中にある長机の上に置いてあったティッシュで勝手に血をふかせてもらった。洗面台の隣に消毒セットの載ったステンレスワゴンがある。おさげちゃんは頼りなさそうだし、もう自分でやっちゃおうかな。ケガしたのは利き手じゃないし。

「ここの道具、使わせてもらってもいい?」

がんばって手を洗ってるおさげちゃんに確認してみると、ガーン!って効果音が聞こえてきた。あきらかに傷ついてる。私がちゃんとできないから見放されちゃったんだ、保健委員なのに役立たずだよ、ふえぇん……って心の声が聞こえてくる。分かりやすい。

そっか。俺のために一生懸命になってくれてるんだから、その気持ちを無下にしちゃダメだったね。とくに女の子の親切は宝物だもん。俺が間違ってたよ。

「……ごめん。やっぱり自分じゃうまくできないかも。キミにお願いしたいな」

ワゴンに備え付けのイスに座って傷を差し出すと、おさげちゃんはうつむいていた顔をあげた。「ゆっくりでいいからね」と笑いかけると、きゅうっと泣きそうな顔で「ありがとうございます」と言った。

可愛いなぁ。地味だし、特別に綺麗ってワケじゃないんだけど、仕草とか雰囲気とか、なんか可愛い。ふんわりしてて、マイナスイオンが出てそう。今まで付き合ってきた女の子とは違うタイプ。

「痛かったら、ごめんなさい」

そう断って消毒を始めたおさげちゃんの手つきは、ぎこちないけど丁寧で、微笑ましくなった。こういうのは人柄が出るもんね。とってもいい子なんだろうな。最終的に包帯まで巻かれて、大袈裟なケガ人に仕立て上げられたのもご愛敬。

「ありがとう。助かったよ」

「いえ、うまくできなくて、すみません……あっ、そうだ!利用者記録に記入をお願いします!」

なるほど、使いっぱなしってワケにはいかないんだね。手垢がついてよれたノートとペンを受け取って、必要事項の欄を埋めていく。名前、クラス、ケガの内容……んっ?

「この、『担当者』って?」

「はい、そこは私の名前を書いてください。ももせって言います」

オッケー、おさげちゃんは、ももせちゃんっていうのね。

「……えっ?」

「あ、漢字ですか?数字の百に、瀬戸内海の瀬です」

いや、教えてくれなくても分かるけどね、百瀬って。
まさか。
でも、こんな苗字めったに被んないでしょ。

この子、だったんだ。

遠野の言う通り、俺が思ってるのとぜんぜん違ったよ。王子にかすりもしてない。でも、なんでだろう。がっかりするどころか、ムチャクチャ興味がわいてくるんですけど!

「ねぇ。百瀬ちゃんは、いつも保健室にいるの?」

「いいえ、今月だけです。当番なので。お昼休みとか、放課後に少しだけいます」

教室にいなかった理由はこれだったんだね。よし、そうと分かったら毎日会いに来るよ!と、決意したところで予鈴が鳴った。もっと話したかったんだけどしかたない、教室に戻らないと。

「はい、ノート書けたよ。じゃあ、またね!」

無邪気に手を振ってみせると、「おだいじに」って控えめに手を振り返してくれた。やっぱり可愛いね。

楽しくてニヤニヤが止まらない。
さて、これからどうしようか?
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