ぼくたちは一生懸命な恋をしている
去年、オレは舞台で大役を務めた。世間の注目度も高い、規模の大きな舞台。受験に集中できるようにと事務所が用意してくれた休業期間――そんなものがなくてもオレならどんな高校にだって合格できるのだが、世間体というものがあるのだ――に入る前の、最後の大仕事だった。

スケジュールはおよそ一カ月間で三十五公演。休日はあるが昼と夜で二公演の日もある。中学生がフルで出演するのは難しいため、オレの役はダブルキャストで、もう一人は特撮ヒーロー出身のいわゆるイケメン俳優が選ばれていた。成人した大学生だが、背格好はオレと似て細身で少年然としていて、でも口を開けば元ヒーローのイメージを裏切らない熱血漢だった。

「同じ役を演じる者同士、仲良くしような!」

単純で、裏表がなくて、悪くない人間だと思った。芸歴はオレの方が長くても、年齢は相手の方が上。からかい半分で「兄貴」と呼んだら、ひどく嬉しそうにしていた。

稽古は本番初日の一ヶ月ほど前から始まった。本格的な殺陣が見せどころの時代劇。殺陣は初挑戦だと言うと、剣道経験者だった「兄貴」はオレに剣術指導をしようと張り切り始めた。でも、オレは殺陣師の手本を見て一度それを倣えば充分だった。

一方で「兄貴」は、長年の経験で染みついた剣道の癖が抜けず、役を表現するための殺陣を習得するのに手こずっていたにもかかわらず、不完全な殺陣をオレに教授することをやめなかった。ありがた迷惑とは、まさにこのこと。うっとうしくて仕方なかったが、最初に彼に「兄貴」という肩書を背負わせてしまったのはオレだ。だから「兄貴」に付き合い、その少々いびつな殺陣を真似して「兄貴」の自尊心を満足させていた。

ただ、こちらもプロだ。客に半端なものは提供できない。本番が始まると、オレは殺陣師を倣った、演出家が求めるとおりの殺陣を披露した。

結果としてオレのパフォーマンスは絶賛され、舞台というジャンルそのものの注目度までも押し上げた。一方で「兄貴」も概ね好評を得てはいたが、オレと比べれば見劣りするとの声を度々耳にした。それが現実。舞台は誤魔化しがきかないナマモノだからこそ、実力がモノを言う。集中力を切らせない、その緊張感がオレには心地よくて、千秋楽まで思う存分楽しんだ。

公演中には顔を合わせることがないまま、「兄貴」と再会したのは打ち上げの席だった。満ち足りた気分は、思いがけない言葉に水を差されることになる。

「俺、役者やめるよ」

あまりに軽い口調だったから、冗談だと思った。でも、その目は冗談を言っている人間のものではなかった。

「お前、すごいよな。かなでを見てたら、俺なんかがいくら頑張っても……なんていうか、さ。……うん。まぁ、そんな感じだよ」

本音と理性が入り乱れてぼやけた言葉は、かえって醜い真意を浮き彫りにしていた。
オレのせいだと言いたいらしい。
格下だと思っていた後輩の方が評価されて、屈辱だったのだろう。でも、それで心を折るのは自分の意志の問題だ。

稽古場では彼に配慮をした。舞台上ではプロの仕事をした。オレのどこに落ち度があったというのか。悪いのは、実力を見誤ったそちらの方ではないのか。そもそもプロだったら悔いのないよう徹底的に自分を追い込むべきだった。オレなんかに構っていないで、ひたすら自分を磨く努力をすればよかったのだ。

ふつふつとこみ上げてきたのは、今まで感じたことのない強い憤りだった。舌鋒鋭く叩きのめしてやりたいところだったが、場の空気を悪くするわけにはいかない。オレは、笑顔でバッサリと切り捨てた。

「そうっすか。残念ですけど、新しい人生がんばってくださいね!」

引き留めてもらえると思っていたのか、それともオレがうろたえて謝るのを期待していたのか。傷つけられたと言わんばかりのその表情は見るに絶えなかった。たまらず席を立つ間際、オレの耳は小さなつぶやきを拾った。

「……お前には、こんな気持ち分からないんだろうな」

分かるわけがない。分かりたくもない。
こんなくだらないこと、記憶に留める価値もない。
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