5月10日
_


「こいつはだめだな」


──獣医が呟いた。



閉めきった牛舎の中は5月だと言うのに蒸し暑く、小蝿が煩わしいほど飛び交う。


それでも、耳に残るのは羽音ではなく、規則正しい牛達の鼻息だった。


暑いなぁ。玉状の汗が首筋から背中を伝う。


頭の片隅で、何か別のことを必死で考える自分がいた。


今思えば、それはまるで現実味のない死刑宣告。


「生きてるのに」


無意識に呟いていた。



< 1 / 9 >

この作品をシェア

pagetop