六天楼(りくてんろう)の宝珠
「そう言えば」

 食事を終えた後、さりげない風を装って切り出した。逸る気持ちを紗甫に悟られるのは少し恥ずかしかったので。

「今日は御館様の戻られる日ね」

「はい、先ほどより表の方が騒がしゅうございますから、もう戻られたかもしれません。奏天楼も人が出入りしている様ですし」

 紗甫は膳を手にして「確かめて参ります」と言い残して去っていったが、程なくして怪訝そうな面持ちで戻って来た。

「どうやらお戻りになられたのは間違いない様ですが……蓉天楼の方にも荷物が入っているそうです。お客人を連れていらっしゃっただけだとは思いますが」

「お客様……?」

 南の蓉天楼は公用に使われる棟だから、紗甫の言う通りなのだろう。

 だが夫は出かける前、極秘に現地調査に行くと言って出かけたはずだ。領主に刃向かう様な地で、迎えるべき客人とはどんな人間なのか──翠玉は少しばかり引っかかりを覚えた。

 流石に問うほどの事はないので、その晩碩有がやって来た時にはすっかり忘れてはいたのだが。

 食後にまず彼女の方から自分のお手製の花細工を見せると、彼は満面に喜色を浮かべて喜んでくれた。

「お祖父様から伺ってはいましたが、やはり貴女は多才ですね。僕は文芸の方はさっぱりなので、尊敬します」

 照れる翠玉に「代わりと言っては何ですが」と碩有は懐に手を入れる。

 久しぶり──と言っても、会わずにいたのはたったの二日。なのに随分と顔を見ていなかった様な気さえして、どぎまぎしてしまう。

「貴女に似合うのではないかと思って、持ち帰りました」


< 26 / 94 >

この作品をシェア

pagetop