六天楼(りくてんろう)の宝珠
「そう言えば、南楼にいる榮葉という女。近々桐に戻るそうですな。儂はてっきり六天楼に入るものと思うておりましたが」

 頭の中を見透かされた気がして、翠玉は思わず顔を上げた。

「おや、こちらはご存知なかったご様子じゃな」

 老婆は得意げな笑みを浮かべている。

「聞けばあの女、桐でも有名な工匠の娘じゃそうですな。北肆の──名前を何と申したか──細工物では領土でも一、二を争う腕とか。正室には分不相応じゃが、側室には充分なれると言うのに」

「……細工物」

 記憶の琴線に何かが引っかかって、翠玉はぼそりと呟いていた。

 だが槐苑はお構いなしに嘆かわしい、と続ける。

「御館様が淡白なのは争いにならず結構じゃが、先代様に比べてここは人少なに過ぎる。数多の側妾が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してこそ、儂の出番があるというものですのにのう」

「仰る意味がよくわかりません……」

 翠玉が眉をひそめたその時、紗甫が房の外から「お客様でございます」と告げる声がした。

「通して頂戴。申し訳ありませんが、槐苑様」

「何と! 奥方様はまたこの年寄りを邪険に扱うおつもりかっ」

 どんなに冷たくあしらっても毎日来るくせに──翠玉は苦笑する。おかげで彼女に対する態度は大体定着しつつあった。

「はいはい、また明日にでもおいで下さいね」

「まだ話は終わっておらぬというのにっ、これ」
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