苦くて甘い恋愛中毒


「おはようございます」

理恵と一緒にオフィスへ入ると、いつもとは明らかに社内の雰囲気が違っていた。
編集長のデスクの回りには人だかりができているし、女子社員の中にはハートを飛ばしている者までいる。

予想通りの展開。
これは厄介なことになりそう。


「あ〜、来た来た! 紹介するわ、ふたりとも。今日異動してきた五十嵐くんよ」

「どうも、はじめまして。五十嵐慧です」

この胡散臭さそうな無駄に爽やかな笑顔は。
こじゃれた服に身を包んだ、目の前のこの男は。

ほかでもない、昨日のナンパ男だった。
(なんなの、この携帯小説みたいな展開は!)


「米沢理恵です。よろしくお願いします」

さすがは、理恵。
完璧な業務用スマイルは、厄介事への防衛線ということだろう。

特に親しくすることもなく、でも邪険にもしない。
平和に過ごすにはこれが最善策だ。


「よろしく。えっと、そちらの方は?」

むかつく、絶対気づいてるくせに。

そもそもなんでナンパされた側の私がこんな焦らなきゃいけないのよ。
別に、一夜を共にした訳じゃあるまいし。

「〝はじめまして〟、金村菜穂と申します。ご迷惑をおかけすると思いますが、何卒よろしくお願いします」

私の十八番、名女優さながらのとびきりのスマイルは、理恵にだって劣らない。

じゃあ、挨拶はこの辺にして。みんな仕事にもどって」

ぱんぱんと手を鳴らす編集長の掛け声で、それぞれのデスクに戻った。
中には名残惜しげな女の子たちもいたけど。

私はと言うと、デスクへは向かわずUターン。
喫煙室へとまっしぐらである。


だって、こんなことってある? 
まるで漫画かドラマじゃない!



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