新しい歌

「本当に来てくれたんだ」

 兄である浅倉に向って彼女は言ったが、実のところは私に言った言葉だと、幾ら鈍感な私でも判った。

「紹介するね。この子が話していた、レイちゃんよ」

「こんにちは」

 私達に挨拶をしたその子を見て、私はきちんと挨拶を返せずに言葉を詰まらせてしまった。

 車椅子というのは遠目でも判っていたから、そういう障がいがある子なんだ程度にしか思わなかった。それが、私達を見上げた時に、目も不自由なんだと気付き、理由も無くうろたえてしまったのだ。

「丁度よかったわ。そろそろ始めようかと思っていたの」

 那津子はそう言いながら、車椅子の前に立てたスタンドマイクの高さをレイに合わせた。

 キーボードのスイッチを入れると、一瞬だけハウリングの音がした。

 土曜日の夕方という事もあり、行き交う人の波は引っ切り無しだ。

 キーボードの前に、手書きの看板が置かれた。

 そこには『香坂玲 ミニアルバム全八曲 一枚¥2.000』

 と書かれてあった。

 見覚えのある字。きっと、那津子が書いたに違いない。

 見たところ、十二、三歳位しにしか見えないその子が、いったい、どういう歌を歌うのだろうという興味が、私の中で俄然湧いて来た。


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