Faylay~しあわせの魔法
早く目の前の敵を倒して助けに行かなければ──と、道化師の気配を黒煙の中から探し出し、一気に間合いを詰めようとした。

草を踏みしめる感触を靴裏から感じながら剣を振りかぶったとき、リディルが火の精霊、ティナの女王を召喚する気配を感じた。

(リディル!)

離れたところに感じていたその気配が、突然消えた。一瞬そちらに気を取られていると、それがいきなり目の前に現れた。

「えっ……」

フェイレイの放つ気に押され、黒煙が左右に割れる。

振りかぶった剣の下にいたのは、道化師ではなく──リディルだった。

瞬きをしても、神経を研ぎ澄まして気配を感じても、それはリディルだ。

ハニーブラウンの髪を、左右におだんごに結った髪型がトレードマークの彼女は、白を基調とした精霊士の服の裾を夜風に靡かせ、静かに佇んでいる。

「リディ、ル?」

フェイレイの声に翡翠の瞳をスッと細め、にこりと微笑む可憐な少女は、ゆっくりとした動作で両手を挙げて、彼の頬を包み込んだ。

『フェイレイくん!』

インカムからローズマリーの声がしている。

『そいつは幻術を使うぞ! 分かってんだろうな!?』

けれど、フェイレイの“耳”に、その声は届いていない。届かないように──なっている。

辺りを覆う黒煙が、外界からの情報を全て跳ね返してしまっていた。

「なんで……」

剣を持つ左手を下ろし、目の前の翡翠の瞳を見つめる。

「フェイ」

小さな唇から、愛しい者の声が漏れた。

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