誠に生きた少女

「人を、斬る?」

永倉の言葉を、奥村は小さく繰り返した。
現代で生きる奥村には、なんの現実味もない言葉だった。

「そうだ、人を斬る覚悟だ。優希を助けるって事は、人を殺めるってことだ。」

現実味のない言葉の連続に、奥村は戸惑った。
人を殺すことは、未来では犯罪だ。
その行為が、この時代では人を助けることになるという。
永倉の言葉が、理解できなかった。

「優希は、あいつは、自分の命をかけて零の任務を背負ってる。それだけじゃねぇ。
 部下の命も、あいつは背負ってんだ。任務に失敗すれば、自分達の命を奪われる。その命を守るために、相手の命を絶つんだ。そんな時代なんだよ、ここは。」
「命を、絶つ?」

呆然としている奥村に、、永倉は、少し優しい声色で話しかけた。

「平和な時代で、生きてんだろ?だったら、そのまま知らねぇ方がいい。命のやり取りなんか、覚える必要はねぇんだ。人を斬る覚悟もない内に、俺らの仕事なんか手伝ってみろ。お前の心が先に壊れる。」

永倉の言葉に、奥村は頷くことしか出来なかった。

「お前が、ゲン太とさきに会いに行っているだけで、優希の心配事が一つ減ってる。ちゃんと力になってるから、心配すんな。」

それに、と永倉が続けた。

「優希を甘く見んな。あいつは零の隊長だ。あんな小さな背中に、色んなもん背負ってるくせに、しっかり前見て立ってんだ。簡単に倒れるやつじゃねぇよ。」
「・・・よく、分かってるんですね。夜風さんの事。」

奥村の言葉に、ふいを突かれたような表情を永倉が見せた。

「これでも、誰よりも近くで見てきた自信はあんだよ。」

一言告げると、永倉はまた歩き出した。
しかし、数歩先で立ち止った。

「永倉さん?」

奥村が問いかけると、永倉はそのまま奥村のほうを振り向かずに答えた。

「あいつに手、出すんじゃねぇぞ。」

おそらく真っ赤になっているであろう永倉の顔を思い、小さく噴出すと奥村は先を行く永倉の後を追った。

この時は、あんな惨劇が起こるとは、まだ誰も想像していなかった。



< 62 / 75 >

この作品をシェア

pagetop