紫陽花の雨

1日目  -雨なんて。

「……が、…であって…が証明される。」
やたらと回りくどく長い数学教師の説明。
もっと簡単に説明できないものだろうか?
「…雪原、この問いの回答は?」
「……x=2(m+1)+(n+1)です。」
こうもあっさりと答えられれば、教師は心中で舌打ちしているだろう。
いくらあたしが外を見ているからといって、授業を聞いていないわけではないのだ。
―単に教室の風景が殺風景でつまらない為の暇つぶしである。教室が悪い。
きーんこーんかーんこー…ん。
暇な授業が、やっと全て終わった。
「…さて、と。」
あたし―雪原亜雨は1冊の本を持って、まっすぐに裏庭へと向かった。
「…雨、止んだかな。」
窓から外を覗く。虹が出ているくらいだから、朝から降っていた雨は止んだようだ。
 「っこいしょっ、と……。」
あたしは裏庭の隅にある、古びたベンチに腰掛けた。すぐ近くには、金木犀と紫陽花の樹がある。
今はちょうど紫陽花が綺麗な薄紫の花を咲かせている。
「…妖精なんて居ないけどね。」
ここの紫陽花には妖精が住んでいると聞いたが、有り得ないと思って3年、過ごしてきた。1回も妖精には会っていない。
「会ってたまるもんか、まったく。」と。
さぁーっ…。
「!!?」
―雨!!?
突然の雨に、あたしは全速力で駆け出した。
―この本借り物なのにっ!!!
本が濡れないように本を抱えて走る、走る、走る。
「っ濡らすもんかぁ~っ!!」
ずるっ。
泥に足をとられ、体が宙に舞った。
「ひぁぁっ!?」
本がっ…!!
―ふわり、と風が吹いた。
「!!」
体は…
「何で浮いたまんまなの…!?」
あたしの体は、宙に浮いたままだ。
「…ポルターガイストってやつ?」
というか、この状態で落ちたら本も自分も泥まみれになる。
「…地面に足着かないぃ~……。」
もう既に自分の体は雨に打たれてびしょ濡れだ。
「降ろせぇー…。」
―と。
―はらり、はらり。花びらだ。しかも紫陽花。
「…綺麗。」
体がゆっくり、降りていく。
着地すると、地面には薄紫の花びらが落ちている。
「……何で空から花びらが…?」
不思議に思いながらあたしは、裏庭を立ち去った。
―紫陽花の傍らに立つ、青年に気づかぬまま。
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