蝉女
 視線をどこに置けばいいのか分からずさ迷わせていると、少し離れた部屋の住人が訝しげにこちらを伺っていた。男の怒声やら女の泣き声やらが漏れている部屋。不審に思うのは当たり前だろう。
 慌てて扉を閉める。女は顔を手で覆い俯いたままだ。
 ぐったりと肩を落とすと、裸の足が視界に入った。
「あんた、靴は?」
「………くつ……?」
 履いてこなかったのだろうか。とにかく、いまは持っていないのだろう。
 男の怒声に怯えて肩を震わせながら懸命に側に置いて欲しいと頼む裸足の女を、怒りに任せて追い出せるほど俺は非情になれなかった。
 地元から遠く離れた土地で、都会の孤独に潰されそうになりながらもがいていた俺に、「話し相手にでも」と言った女の言葉がじわりと沁みたこともある。
 多分、悪い奴じゃないはずだし。
 気を緩めすぎなきゃ、こんな小柄な女になにかされるなんてあり得ないだろう。
 ドアノブに手をかけたまま、室内の時計に目をやる。時刻は正午に迫っている。落ち着きを取り戻すと腹が自己主張を始めた。
 グキュキュッ、という気の抜ける音に、小さな背中が反応する。黒髪の間からそおっと見上げる瞳。
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