ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~



派手な音をたてて煌が倒れると、その音に櫂様と芹霞さんが驚き、身体を離してこちらを見た。


「櫂。お前もいい加減にしろ!!」


恐ろしく低い声だった。

恐ろしく厳しい声だった。


鳶色の瞳は――

櫂様の漆黒の瞳に切り込んだ。


「状況を考えろ、櫂」


それは櫂様の片腕として、そして窘(たしな)める年長者としての威厳で。


そこには"紫堂玲"の私情など一切見受けられない。


櫂様は一つ溜息をつき、


「悪い」


と謝った。



芹霞さんを手に抱くことは、櫂様にとっては"慣れ"であって、特別慎重に考えるようなことでもなかったのだろう。


櫂様は別に"次期当主"の姿を、大きく崩したわけではない。


よろけた芹霞さんを支えたのであって。

それはいつも通り、何1つ特別なことをしたわけではなくて。


それを"いちゃつく"とみなすのは、大概が私情。


玲様もそれは判っている。


判っていて――


部下らしからぬ表情をした煌に制裁を下し、そして仲間である煌を庇うように、櫂様を責めた。


煌の心を察すればこそ、

見放しはしなかった。


きっと櫂様なら――


連携を崩さぬようにと願う玲様の必死さを、悟れると読んだに違いない。



判っていないのは――


依然ふて腐れた顔ままの、

この馬鹿蜜柑だ。



「!!!?」



その時、私は。



憔悴したような野性的な顔の中、不機嫌さを際立たせる褐色の瞳に…"違和感"を感じた。


――真紅?


そう。



褐色の瞳が――

僅かに赤くなったような気がしたのだ。


それは、ほんの一瞬。



だけど、私は逆に…

それが妙に気になった。



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